砂かぶりの夜

大相撲☆ブログ、砂かぶりの夜 大相撲が「大相撲」と呼ぶにふさわしかった時代の感動の記憶と、大相撲の本場所の結果、そしてタイヘイの紙相撲解説

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大相撲、あの力士この技〜小兵力士の代表、鷲羽山
先日、NHK福岡の夕方のニュース番組に九州場所担当部長として、
出羽海親方が出演していました。

当然九州場所のPRのための出演ですが、現役の頃と変わらぬ強面の
うえ頑固オヤジ風の口調が、いかにも鷲羽山という感じでした。

身長174センチ、体重110キロ。
昭和48年夏場所に新入幕の鷲羽山は、昭和40年代の力士の中でも
もっとも小さかった力士の一人です。

大相撲の迫力が減った一番の原因は、力士の稽古不足と、それに伴う
体重増加が上げられています。

力士の体が引き締まっていた時代の、その中でも小兵力士だった鷲羽山。
しかし、小兵といっても相撲内容は堂々としたものでした。

闘志が顔に出る力士で、時間一杯になってからの表情が一段と恐くなり、
また立合いの当たりも強く、体の大小とは無関係、立合いに変化するのは
ほとんど記憶にありません。

当たってからの突き押しも強烈で、いなしの巧さも抜群。
前さばきも良く、差してからの寄り、下手投げや掬い投げもあり、すべて
の技がスピード豊かに繰り出されました。

相撲のスタイルは今の力士でいうと朝青龍にそっくりです。
朝青龍の体を押し固めたような、小さな体で中身の濃いものを持っていた
のが鷲羽山でした。

足腰の強靭さと持ち前の闘志で、土俵際での粘りが真骨頂。
それも逆転技ではなく、攻め返すところに鷲羽山らしさがありました。

観客を沸かせる相撲を取る、いわゆる銭の取れる力士。
有名だった激しい稽古の積み重ねで、36歳まで現役を務めました。

さて、九州場所は銭の取れる相撲がどれだけ見られるでしょうか。


関脇、鷲羽山 佳員  生年月日 昭和24年 4月2日
Posted by タイヘイ
大相撲あの力士この技 / 17:18 / comments(0) / -

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