<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>大相撲☆ブログ、砂かぶりの夜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/" /><modified>2008-08-29T08:34:40+09:00</modified><tagline> 
 
大相撲が「大相撲」と呼ぶにふさわしかった時代の
感動の記憶、そして現在から未来の土俵へ</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>大相撲モンゴル巡業、魁皇が大人気</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=783935" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=783935</id><issued>2008-08-29T08:33:42+09:00</issued><modified>2008-08-28T23:34:40Z</modified><created>2008-08-28T23:33:42Z</created><summary>大相撲のモンゴル巡業、大関魁皇が大人気で魁皇コールまで起こって
いるとのこと。

気は優しくて力持ちという、モンゴル女性にとって理想の男性像という
のが大人気の理由だそうです。

魁皇の性格まで含めての人気というところに、モンゴル人の相撲に対する
感性...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲コラム</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[大相撲のモンゴル巡業、大関魁皇が大人気で魁皇コールまで起こって<br />
いるとのこと。<br />
<br />
気は優しくて力持ちという、モンゴル女性にとって理想の男性像という<br />
のが大人気の理由だそうです。<br />
<br />
魁皇の性格まで含めての人気というところに、モンゴル人の相撲に対する<br />
感性の鋭さをうかがわせます。<br />
<br />
さて魁皇ですが、秋場所に勝ち越せば、平成２０年は１度もカド番場所<br />
が無い、ということになります。<br />
<br />
これは九州場所に横綱昇進問題で揺れた平成１６年以来、４年振りの<br />
ことです。ぜひ秋場所に勝ち越して、地元九州場所に臨んでもらいたい<br />
ところです。<br />
<br />
相撲内容については、豪快な上手投げや小手投げ以上に、右のおっつけ<br />
が効いている相撲が目立ち、寄り身に円熟の巧さを感じます。<br />
<br />
もちろん、おっつけが効くということは、それだけ低い体勢を保てている<br />
とも言えます。名古屋場所４日目の稀勢の里戦が、特に印象的でした。<br />
<br />
左の相四つで両者上手が取れず、胸を合わせている体勢で、腰の位置が<br />
明らかに違いました。ピタッと低く腰を決めている魁皇、浮き上がる稀勢の里、<br />
勝負の行方が見えました。<br />
<br />
上から廻しを探る稀勢の里に対して、下からおっつけて上手充分となり<br />
寄り切った魁皇。どっちが若手だ、という相撲でした。<br />
<br />
魁皇が横綱を逃した平成１７年頃、評論家の多くは「魁皇は横綱を狙わず<br />
とも、豪快な投げでファンを喜ばせば良い」と語っていました。<br />
<br />
それだけの相撲で、３６歳で大関を張れるほど相撲は甘くは無いはず。<br />
魁皇の低い体勢からの寄り身に、本当のベテランの味を感じますね。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/"><span style="color:#FF0000">にほんブログ村 相撲・大相撲</span></a>]]></content></entry><entry><title>相撲コラム「天下泰平記」配信、若ノ鵬と中日落合監督</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=781486" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=781486</id><issued>2008-08-27T10:05:48+09:00</issued><modified>2008-08-27T01:01:55Z</modified><created>2008-08-27T01:05:48Z</created><summary>相撲コラム「天下泰平記」、今週号を配信しました。
今回は、やはり若ノ鵬問題となりました。

先週から部屋の在り方について、２度ほどブログでも書いてきましたが、
その続編という形です。

本編では中日ドラゴンズ、落合監督の現役時代の言葉も引き合いに
出し...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲コラム</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="http://archive.mag2.com/0000229202/20080826015000000.html" target="_blank"><span style="color:#0000FF">相撲コラム「天下泰平記」</span>、</a>今週号を配信しました。<br />
今回は、やはり若ノ鵬問題となりました。<br />
<br />
先週から部屋の在り方について、２度ほどブログでも書いてきましたが、<br />
その続編という形です。<br />
<br />
本編では中日ドラゴンズ、落合監督の現役時代の言葉も引き合いに<br />
出しております。<br />
<br />
見本となるべき先輩の姿は、若手にとって大切なものです。それは大相撲<br />
にとっても通じていると思います。<br />
<br />
かつては小部屋について、必ずといっていいほど「アットホームな」と表現<br />
していました。小部屋から大関や三役力士が現われると、ドラマチックな<br />
ものでした。<br />
<br />
親方と力士の二人三脚などとも書かれましたが、小部屋の難点は見本と<br />
なるべき立場の力士がいない場合、生きた教材がいないということです。<br />
<br />
個人的な話ですが、私は中学・高校・大学とバレーボールをやりましたが、<br />
新人は当然玉拾い。しかし練習以上にボールに触れる機会は多く、上級生の<br />
プレーを真剣に見なければ、ボールも拾えません。<br />
<br />
今考えると、その時期にもっとも必要な練習だったような気がします。<br />
まして相撲部屋は日常においても関わってきます。厳しい部屋付きの年寄、<br />
先輩力士の存在が、若手力士には必要だと感じた次第です。<br />
<br />
もちろん、部屋数の多さが若ノ鵬問題に直結しているなどとは、認識して<br />
おりません。あくまでも、その問題の一端ということです。<br />
<br />
さてぼちぼち秋場所に向けて、ブログも次回からは明るい話題を書いて<br />
いきましょう。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/"><span style="color:#FF0000">にほんブログ村 相撲・大相撲</span></a>]]></content></entry><entry><title>昭和の名力士、栃錦と立合い</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=780001" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=780001</id><issued>2008-08-24T13:47:10+09:00</issued><modified>2008-08-24T04:46:31Z</modified><created>2008-08-24T04:47:10Z</created><summary>大相撲史上もっとも気迫に溢れる立合いで、対戦相手を恐れさせた力士、
その代表的な力士として横綱栃錦が、まず上げられるでしょう。

私が生まれたのは昭和３５年６月ですが、栃錦が引退したのは昭和３５年
５月、生でその相撲を見ることは出来ませんでした。

し...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>昭和の名横綱・名大関</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[大相撲史上もっとも気迫に溢れる立合いで、対戦相手を恐れさせた力士、<br />
その代表的な力士として横綱栃錦が、まず上げられるでしょう。<br />
<br />
私が生まれたのは昭和３５年６月ですが、栃錦が引退したのは昭和３５年<br />
５月、生でその相撲を見ることは出来ませんでした。<br />
<br />
しかしその表情から子供心に、「厳しい人だろうなあ」とテレビや雑誌を<br />
通じて感じていた記憶があります。<br />
<br />
昨今の立合いの乱れについて、大先輩の大相撲ファンの方からメールを<br />
いただいたことがきっかけで、色々なＤＶＤを見ました。<br />
<br />
その中で、栃錦の立合いの凄さを改めて知ることになりました。<br />
深々と見事に腰を割り、鬼気迫る眼光で相手を睨みながら、両手を外側から<br />
持ってくる、威圧するような大きい仕切りです。<br />
<br />
９０キロに満たない体重で大関を張ったのは、今と時代が違うとは言え<br />
ません。東富士・照国・吉葉山・鏡里・大内山・松登等々、大型力士や巨漢<br />
力士が当時も大勢いたからです。<br />
<br />
立合いの乱れについて、大横綱双葉山の時代と比較して、よく語られます。<br />
比較されるのは、この昭和２０年代中盤以降の時代です。<br />
<br />
戦後、大相撲は興行として成り立つのだろうかと危惧された時代。<br />
そしてテレビ中継により、仕切り時間との兼ね合いも出てきました。<br />
<br />
その中で、若手時代には両手をついていた栃錦の立合いも、変化していき<br />
ます。大相撲は興行である以上、観客優先。テレビであれば視聴者優先と<br />
いうことでしょう。<br />
<br />
大相撲の存続、シンプルに言えば力士が相撲で食べていけるのか、という<br />
危機感の中でのこと、立合いの手つきについて、後の時代の人間が言及する<br />
のも、難しい部分があると思います。<br />
<br />
小兵横綱にありがちな、待ったが多かった栃錦。やがて克服し、逆に<br />
待ったをしない横綱となります。どんな体勢でも立とうと心掛けた部分と、<br />
微妙な手つきの関係性もあるでしょう。<br />
<br />
昭和５９年秋場所、手をつかない立合いは認めないという厳しい方針を<br />
打ち出したのも栃錦、当時の春日野理事長でした。<br />
<br />
栃錦の幕内５００勝が大記録と言われましたが、年６場所制により記録の<br />
比較は栃若時代が１つの区切りとなりました。その年６場所制も今年で５０年<br />
ですね。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/"><span style="color:#FF0000">にほんブログ村 相撲・大相撲</span></a>]]></content></entry><entry><title>相撲協会臨時理事会で若ノ鵬解雇、それだけで済ませられるのか</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=777615" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=777615</id><issued>2008-08-21T17:39:28+09:00</issued><modified>2008-08-21T08:35:35Z</modified><created>2008-08-21T08:39:28Z</created><summary>若ノ鵬が相撲協会の臨時理事会で、解雇が決定しました。
この処分は当然です。

協会の処分として解雇された例は、現役力士として初めてと報道されて
います。その通りでしょうが、プライベートの問題で廃業という例は過去
にもあります。

昭和においても、２０歳...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲コラム</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[若ノ鵬が相撲協会の臨時理事会で、解雇が決定しました。<br />
この処分は当然です。<br />
<br />
協会の処分として解雇された例は、現役力士として初めてと報道されて<br />
います。その通りでしょうが、プライベートの問題で廃業という例は過去<br />
にもあります。<br />
<br />
昭和においても、２０歳の若さで入幕し、抜群の運動神経で旋風を巻き<br />
起こして１１勝を上げ、いきなり敢闘賞を受賞した力士が、幕内４場所で<br />
廃業しています。<br />
<br />
１９０センチ近い身長に、見事な筋肉を誇った１５０キロの体を持った<br />
将来の横綱・大関を期待された力士も、幕内在位６場所、２３歳で廃業<br />
しました。<br />
<br />
横綱だった双羽黒も、破門同然の廃業でした。<br />
<br />
もちろんプライベートの問題といっても、法律に触れたわけではあり<br />
ませんので、ここで例に上げるのは妥当ではないかもしれません。<br />
<br />
ただ今回初めて、協会理事会の処分での解雇という、親方の頭越しでの<br />
処分という点が問題です。<br />
<br />
間垣親方は厳しく糾弾されるでしょう。それも当然です。理事の辞任を<br />
申し出たようです。<br />
<br />
ここで疑問が残ります。一門の総帥である二所ノ関親方の立場です。<br />
たぶん１００％、二所ノ関親方の批判がマスコミに出ることはないで<br />
しょうし、批判されるべき落ち度もありません。<br />
<br />
しかし体調が万全ではない間垣親方を、一門がバックアップし、支えよう<br />
とする何かが果たして有ったのか？という疑問です。<br />
<br />
言うまでもなく現在の部屋数の多さには、二所一門の分家独立の影響が<br />
１番大きいものがあります。<br />
<br />
部屋付き年寄もいない間垣部屋に対して、一門がどんな応援をしていた<br />
のか確認しないまま、間垣親方の責任は厳しく追及されるでしょう。<br />
<br />
好きで独立したわけですし、いくら体調が悪いといっても、全責任は<br />
親方にあります。それは否定しません。<br />
<br />
もっとも気になるのは、一門という今まで維持されてきたシステムが、<br />
今の部屋数の中で、果たして機能しているのかという点でございます。<br />
<br />
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&quot;力士&quot; と &quot;大麻&quot;。この、かけ離れているはずの言葉が、「六本木で
外国人にもらった」という、犯罪としてあまりにもありふれた言葉で、
いとも容易く結び付いてしまいました。

本来なら、もっとも規律の厳しい空間である...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲コラム</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[若ノ鵬が大麻所持容疑で逮捕されました。<br />
<br />
"力士" と "大麻"。この、かけ離れているはずの言葉が、「六本木で<br />
外国人にもらった」という、犯罪としてあまりにもありふれた言葉で、<br />
いとも容易く結び付いてしまいました。<br />
<br />
本来なら、もっとも規律の厳しい空間であるべき相撲部屋からも、<br />
大麻の吸引器が見つかったとのこと。快楽の象徴とも言える大麻が<br />
存在している場所で、いかなる精進がなされていたのか。<br />
<br />
どんな勝ち方をしても、無邪気に笑顔を見せていた若ノ鵬。<br />
厳しい指導があるべきなどとは、こんなチッポケなブログの中でも<br />
書くことではないと、親方を信頼していたのですが。<br />
<br />
親方だけではなく、力士１人１人には部屋付きの年寄が目を光らせる<br />
べきものであるはず。それが血気盛んな若い衆を、りっぱな力士に育てる<br />
ということではないでしょうか。<br />
<br />
力のもののふとなりうる青年など、初めからいるわけではなく、幾多の<br />
精進から生まれるのだと思います。<br />
<br />
何度も書いていますが、部屋の乱立にも１つ問題があります。間垣部屋も<br />
部屋付きの年寄がいない部屋です。<br />
<br />
今回、また様々なマスコミで取り上げられることになるでしょう。<br />
もちろん今の相撲協会は改革が必要です。貴乃花親方を初め、その<br />
芽吹きはあるはずです。<br />
<br />
それを変に捻じ曲げたような見当違いのことを、うわべだけのコメン<br />
テイターに語られるのは大相撲ファンにとって本当に悔しいことです。<br />
<br />
そしてこのブログでも以前書きました、他の格闘技をやらせたら、もしか<br />
すると１番強いのではとさえ感じさせる、柔軟な筋肉とバランスの取れた<br />
巨体を持っていた若ノ鵬。<br />
<br />
当然、本人が１番悪いのですが、その今後を考えても残念なことです。<br />
２度と今回のようなことが起こらないように、言葉だけではなく、明確で<br />
具体的なものを、相撲協会は示すしかありません。<br />
<br />
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安馬ー若ノ鵬、やぐら投げ風の打っ棄りですね。

足腰を徹底的に鍛え上げた者同士が、その体の重心に廻しを巻いて、お互い
の重心を崩し合う、そこから生まれる決まり手の美しさが大相撲の醍醐...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲名言集</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ここ数場所で強烈な印象を残した一番を１つ上げろと言われれば、夏場所の<br />
安馬ー若ノ鵬、やぐら投げ風の打っ棄りですね。<br />
<br />
足腰を徹底的に鍛え上げた者同士が、その体の重心に廻しを巻いて、お互い<br />
の重心を崩し合う、そこから生まれる決まり手の美しさが大相撲の醍醐味と<br />
思います。<br />
<br />
強靭な足腰で相手の重心を崩したとき、もっとも美しいと感じるのは、その<br />
力士の体が宙を舞っているときでしょう。その点で言えば、やはり吊り出し<br />
と打っ棄りが美しい決まり手の双璧です。<br />
<br />
打っ棄りの史上最高の使い手は誰かと問われれば、昭和３０年代後半以前を<br />
知らない私でも、躊躇なく「若浪」と答えるでしょう。<br />
<br />
若浪の打っ棄りは、本当に相手力士が無重力状態のように浮き上がってい<br />
ました。その極意について若浪は「相手が呼吸を抜いたなあと自然に分かる。<br />
すると相手は軽くなる」と語っています。<br />
<br />
１７８センチ・１０３キロの体は、体脂肪率が極めて低そうでした。<br />
抜群の足腰の柔らかさで粘りが凄かったうえ、背筋力の強さも屈指のもの<br />
があり、さらに胴長短足で重心が低いといった具合。<br />
<br />
打っ棄りの必要充分条件を持ち合わせていた若浪でしたが、その極意を<br />
語った後、「稽古を重ねる中で、そういうタイミングが分かってきた」と<br />
続けています。<br />
<br />
その打っ棄りには、まさしく夢がありました。昭和４０年代、小学生だった<br />
私には、小さな若浪を軸にして大きな力士が宙を舞う姿は、神業としか見え<br />
ませんでした。<br />
<br />
横に打っ棄るときは、相手は空気投げのように自分から土俵下に落ちると<br />
いった風でした。後側へブリッジのように反って打っ棄るときは、相手は見事<br />
に裏返しとなりました。<br />
<br />
幼稚園児のときに始めて見てから、小学生だった私に夢のような光景を<br />
見せてくれ続けた若浪は、昭和４７年春場所に引退します。私の小学生<br />
最後の年でした。<br />
<br />
昭和４３年春場所、若浪は平幕優勝を果たします。大関豊山、小結麒麟児<br />
（後の大麒麟）とともに１２勝２敗で千秋楽を迎えた若浪は、前夜は緊張して<br />
「台所で一升瓶をラッパ飲みした」とも語っています。<br />
<br />
酒豪の豪傑でありながら照れ屋だった若浪の、これも１つの名言と言える<br />
でしょう。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/"><span style="color:#FF0000">にほんブログ村 相撲・大相撲</span></a><br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>大相撲秋場所に、朝青龍の復活はあるのか</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=768890" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=768890</id><issued>2008-08-17T02:30:09+09:00</issued><modified>2008-08-16T17:26:11Z</modified><created>2008-08-16T17:30:09Z</created><summary>大相撲名古屋場所の横綱白鵬の強さは、不世出双葉山に比較されるまでに
なったようです。

立合いこそ不動の立合いだった双葉山に対して、右でも左でもと臨機応変
な白鵬の違いはありますが、７０年の時の流れがあれば、多少の違いは出て
くるのかもしれません。

...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲コラム</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[大相撲名古屋場所の横綱白鵬の強さは、不世出双葉山に比較されるまでに<br />
なったようです。<br />
<br />
立合いこそ不動の立合いだった双葉山に対して、右でも左でもと臨機応変<br />
な白鵬の違いはありますが、７０年の時の流れがあれば、多少の違いは出て<br />
くるのかもしれません。<br />
<br />
組んでからの相撲の流れ、腰の構え、投げの鋭さと、白鵬は確かに双葉山<br />
に似てきました。大相撲ファンが連勝記録を意識するのも当然です。<br />
<br />
そして朝青龍、名古屋場所の不振を取り返せるか注目されるところです。<br />
<br />
白鵬が双葉山に似ているというのは、白鵬の十両時代から感じていたこと<br />
ですが、もう一つ感じていたのは朝青龍の風貌が玉錦に似ているということ<br />
でした。<br />
<br />
長所は親分肌で弟子想い、短所は喧嘩っ早いという性格までも、玉錦に<br />
似ているのではと思っていました。<br />
<br />
玉錦の独走時代から双葉山時代へ、その覇者交代ほど劇的なものはあり<br />
ませんでした。果たして、その交代劇のように白鵬時代へ移行してしまうのか？<br />
青・白並立時代は続くのか？<br />
<br />
朝青龍の上半身の見事さはここ数場所、何度か触れています。かなりの<br />
トレーニングでしょう。<br />
<br />
筋肉が張るほどにケガの不安も高まるはずで、今場所のケガも上半身の<br />
発達振りと無関係とは言えません。<br />
<br />
そして相撲振りも中に入って攻める型よりも、小手投げなど外から振る<br />
相撲が増えています。<br />
<br />
朝青龍の持ち味はスピードですが、それは自分充分の体勢になるスピード<br />
が抜群だったわけで、その体勢にならなかった場合、名古屋での豊ノ島戦の<br />
ように胸が合った体勢自体が朝青龍全盛時には少なかったものです。<br />
<br />
胸を合わせた四つ相撲を朝青龍は決して得意ではない・・・、というよりも<br />
その体勢にならず、全盛時は自分充分の相撲がほとんどだったわけです。<br />
<br />
スピードから重厚な相撲へ、その切り替えが巧く進むか正念場が今だと<br />
思います。<br />
<br />
玉錦は１７３センチ・１３５キロで、当時でも大型ではなく、そのうえ<br />
ヒザが硬いという難点もありました。それでも大型力士に両差しになられ<br />
両廻しともに引けない状況でも磐石、ビクともしなかったそうです。<br />
<br />
それで勝ってしまうのは、ボロ錦と呼ばれるほどの稽古があったからだと<br />
言われています。双葉山に敗れるまで、３２〜３歳までは無敵でした。<br />
<br />
朝青龍がスピードを取り戻すのか、重厚な相撲に磨きをかけるのか、<br />
どちらかが明確に見えてきての朝青龍の復活、そして白熱した土俵が<br />
展開されることを、秋場所に期待します。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/"><span style="color:#FF0000">にほんブログ村 相撲・大相撲</span></a>]]></content></entry><entry><title>今週の相撲コラム「天下泰平記」は、昭和５５年名古屋場所を振り返ります</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=766424" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=766424</id><issued>2008-08-14T17:49:44+09:00</issued><modified>2008-08-14T08:49:51Z</modified><created>2008-08-14T08:49:44Z</created><summary>今週の相撲コラム「天下泰平記」は大相撲プレイバック〜昭和５５年名古屋
場所、横綱北の湖が全勝で２０回目の優勝を遂げた場所を取り上げています。

当時優勝回数を２０回の大台に乗せたのは、大鵬に次いで史上２人目という
快挙でした。

ライバルたちの失速、上...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲コラム</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="http://archive.mag2.com/0000229202/20080812025636000.html" target="_blank"><span style="color:#0000FF">今週の相撲コラム「天下泰平記」</span></a>は大相撲プレイバック〜昭和５５年名古屋<br />
場所、横綱北の湖が全勝で２０回目の優勝を遂げた場所を取り上げています。<br />
<br />
当時優勝回数を２０回の大台に乗せたのは、大鵬に次いで史上２人目という<br />
快挙でした。<br />
<br />
ライバルたちの失速、上位陣の高齢化、有望若手力士のケガなどが重なり、<br />
２７歳の北の湖は果たして何回まで優勝回数を伸ばすのかと思われました。<br />
<br />
しかしこの場所、２５歳だった千代の富士が前頭２枚目で９勝６敗、<br />
２７歳だった隆の里が幕尻近くで１２勝３敗という成績を上げています。<br />
<br />
相撲内容にも、もちろん変化はありましたが、その後の歴史を見たとき、<br />
特に千代の富士がそのままノンストップで横綱に駆け上がるとは、予想<br />
出来ませんでした。前場所で負け越していたのですから。<br />
<br />
翌秋場所の４・５日目、北の湖は千代の富士・隆の里に連敗を喫し、突如<br />
時代は動き始めます。<br />
<br />
北の湖のライバル不在が懸念され始めたときだっただけに、時代の転換期は<br />
かくも突然現われるものだと感じられた瞬間でした。<br />
<br />
千代の富士と隆の里が壮絶な千秋楽決戦を繰り広げるのは、それから３年後<br />
のことです。<br />
<br />
白鵬時代到来かと言われる今の土俵で、突然の変貌を遂げる力士が果たして<br />
近い将来に出現するのか？、との想いを抱きながら書いております。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/"><span style="color:#FF0000">にほんブログ村 相撲・大相撲</span></a>]]></content></entry><entry><title>豊ノ島はフォトジェニックな力士です</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=765340" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=765340</id><issued>2008-08-13T08:39:35+09:00</issued><modified>2008-08-13T06:25:21Z</modified><created>2008-08-12T23:39:35Z</created><summary>ここ数場所、大関レースの盛り上がりに期待していましたが、名古屋場所も
残念な結果に終わりました。

白鵬が独走する中で、安馬と豊ノ島が１０勝を上げたのが、唯一楽しみを
来場所につなぐ話題でした。豊ノ島も、新しく大関候補に名を連ねました。

豊ノ島は何度...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>豊ノ島の特集記事</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ここ数場所、大関レースの盛り上がりに期待していましたが、名古屋場所も<br />
残念な結果に終わりました。<br />
<br />
白鵬が独走する中で、安馬と豊ノ島が１０勝を上げたのが、唯一楽しみを<br />
来場所につなぐ話題でした。豊ノ島も、新しく大関候補に名を連ねました。<br />
<br />
豊ノ島は何度か書きましたが、１６９センチといっても、体型や筋肉の<br />
付き方は、横綱・大関を思わせるものがあります。<br />
<br />
相撲専門誌を見ていて改めて感じるのは、豊ノ島はフォトジェニックな<br />
力士だということです。<br />
<br />
朝青龍戦・魁皇戦・琴欧洲戦と、柔らかな足腰によってギリギリの状況で<br />
体を支え、どの写真も相撲の緊迫感と力士の凄さが伝わってきます。<br />
<br />
体のバランスと柔軟性から生まれる、大相撲の決まり手の美しさ、その<br />
醍醐味を今もっとも現わしてくれる存在です。<br />
<br />
また昭和の話で恐縮ですが、北の富士と玉の海、貴ノ花と高見山など<br />
投げの打ち合いには美しさが凝縮されていました。豊ノ島もこれから記憶<br />
に残るような映像を見せてくれそうです。<br />
<br />
それともう１つ、夏場所の安馬戦が特にそうでしたが、不利な体勢から勝機<br />
を見つける、あるいはここで攻めないだろうという状況で一気に攻めるという、<br />
勝負師的な部分も豊ノ島の特徴です。それは名古屋場所でも見られました。<br />
<br />
北葉山や旭国といった小兵の名大関の、颯爽とした姿を思い起こします。<br />
豊ノ島への期待は高まります。<br />
<br />
<a href="http://fight.blogmura.com/sumo/">にほんブログ村 相撲・大相撲</a><br />
<br />
<a href="http://ameblo.jp/tailac/">こちらを見てもフォトジェニックだと分かります。<br />
タイヘイお品書き</a>]]></content></entry><entry><title>あの力士この技〜がぶり寄りの荒勢</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=764274" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=764274</id><issued>2008-08-12T01:30:28+09:00</issued><modified>2008-08-11T16:28:42Z</modified><created>2008-08-11T16:30:28Z</created><summary>元関脇荒勢の荒瀬英生さんが、１１日亡くなられました。
５９歳という若さ、残念でなりません。

先日ブログで取り上げた富士桜・鷲羽山とともに、昭和５０年前後の
大相撲を盛り上げた個性派力士の１人でした。

１７８センチ・１５１キロの固太りのタイコ腹。その...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>あの力士この技</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[元関脇荒勢の荒瀬英生さんが、１１日亡くなられました。<br />
５９歳という若さ、残念でなりません。<br />
<br />
先日ブログで取り上げた富士桜・鷲羽山とともに、昭和５０年前後の<br />
大相撲を盛り上げた個性派力士の１人でした。<br />
<br />
１７８センチ・１５１キロの固太りのタイコ腹。その体を利した迫力満点の<br />
がぶり寄りが１８番。<br />
<br />
琴風や琴奨菊のがぶり寄りとは少し違い、力感溢れる上半身で廻しを引き<br />
付け、相手を前後に揺さぶるような豪快ながぶりでした。<br />
<br />
不適な面構えにもみあげが似合い、野武士のイメージを漂わせていました。<br />
<br />
大関に近づいたときもありました。昭和５２年秋場所、小結で２場所連続<br />
勝ち越しで東関脇で迎えたこの場所、３大関を破り１１勝４敗で技能賞を<br />
獲得します。<br />
<br />
そのがぶり寄りが評価されての技能賞でしたが、野武士的イメージそのまま<br />
どこか勝負に淡白なところもあり、大関獲りの雰囲気はありませんでした。<br />
<br />
それを荒勢らしさと感じさせるのは、やはり個性が前面に出ていたからだと<br />
思います。<br />
<br />
今から３０年ほど前、在籍していた大学のバレーボール部は、３月と１１月<br />
に合宿を行なっていました。<br />
<br />
１１月、寝泊りしていた海岸沿いの合宿所の隣に、花籠部屋の宿舎があり<br />
ました。朝の練習のため外に出た私は、その宿舎の２階の部屋に荒勢を見つ<br />
けると、「あ、荒勢だ！」と叫びました。(学生でしたから)<br />
<br />
荒勢はしばらく無表情で外を眺めていました。一瞬、目が合ったような、<br />
むしろこっちを見ていたような感じでした。あのときの荒勢の顔は、今でも<br />
はっきりと覚えています。<br />
<br />
その海岸沿いの合宿所も今では埋め立てられて市街地となり、ソフトバンク<br />
ホークスの本拠地ヤフードームを初め、巨大な建造物が立ち並びます。<br />
<br />
３０年の時の流れを改めて感じます。<br />
<br />
荒瀬英生さんのご冥福をお祈りいたします。<br />
<br />
元関脇　荒勢　　　　生年月日　　昭和２４年　６月　２０日<br />
　　　　　　　　　　　　没年月日　　平成２０年　８月　１１日]]></content></entry><entry><title>大相撲名言集、富士桜「出来れば死ぬまで、相撲を取っていたい」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=761394" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=761394</id><issued>2008-08-08T17:47:24+09:00</issued><modified>2008-08-08T08:49:35Z</modified><created>2008-08-08T08:47:24Z</created><summary>元関脇富士桜の中村親方、現役時代は &quot;突貫小僧&quot; と呼ばれた、突き押し
のスペシャリストでした。

１７８センチ・１４１センチ、アンコ型でしたが、固太りで派手な突っ張りを
得意としていました。

突っ張りの回転の速さは、後の寺尾と双璧です。
しかし &quot;廻しを...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲名言集</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[元関脇富士桜の中村親方、現役時代は "突貫小僧" と呼ばれた、突き押し<br />
のスペシャリストでした。<br />
<br />
１７８センチ・１４１センチ、アンコ型でしたが、固太りで派手な突っ張りを<br />
得意としていました。<br />
<br />
突っ張りの回転の速さは、後の寺尾と双璧です。<br />
しかし "廻しを引かれたら三段目"、突き押ししか無いという点からいけば、<br />
富士桜の印象は強烈です。<br />
<br />
昭和４６年秋場所に入幕してから、昭和５０年代の輪湖・貴ノ花の時代を<br />
大きく沸かせました。<br />
<br />
語り草の昭和５０年夏場所の麒麟児戦、両力士で５０発以上の突き押しを<br />
繰り出した相撲は、いうまでもなく、突き押し相撲の史上最高の"大相撲"と<br />
言えるでしょう。<br />
<br />
この突き押し相撲の決着が、麒麟児の上手投げだったというのも、いかにも<br />
死力を尽くした相撲だったと感じます。<br />
<br />
突き押しと四つのバランスが取れた力士が多い最近の土俵、"廻しを引かれ<br />
たら三段目"というぐらいに、突き押しに徹した力士が現われても良いのです<br />
が・・・。（北勝力は？となるでしょうが、まったくピンときません）<br />
<br />
富士桜の稽古好きは有名というか屈指のもので、今の高砂親方の朝潮が<br />
新弟子時代、富士桜と高見山の両兄弟子との稽古に、まったく付いていけ<br />
ないという記事が、当時のマスコミに頻繁に登場しています。<br />
<br />
朝潮は輪島が綱を張っていた頃の、鳴り物入りの入門だっただけに、横綱<br />
候補のようにマスコミから扱われていました。<br />
<br />
富士桜と高見山の稽古の激しさと朝潮のダメ振りは、さすが大相撲は違う<br />
というところを知らしめ、ファンにとってはある意味うれしい話でした。<br />
<br />
その富士桜が引退後に語ったのが「出来れば死ぬまで、相撲を取っていたい」<br />
という言葉でした。<br />
<br />
そしてその後に「自分は相撲が好きだから」と付け加えています。]]></content></entry><entry><title>大相撲名言集、鷲羽山の「色んな技が出来る相撲になったね」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=759141" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=759141</id><issued>2008-08-07T11:11:24+09:00</issued><modified>2008-08-07T02:18:27Z</modified><created>2008-08-07T02:11:24Z</created><summary>元関脇鷲羽山の出羽海親方は、５９歳になる今も迫力の面構えをして
います。九州場所担当部長ということで、場所前にはＮＨＫ福岡のインタ
ビューを受けるのですが、その力士らしい武骨な受け答えは、いかにもと
いう感じです。

１７４センチ・１０９キロの体で関脇...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>大相撲名言集</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[元関脇鷲羽山の出羽海親方は、５９歳になる今も迫力の面構えをして<br />
います。九州場所担当部長ということで、場所前にはＮＨＫ福岡のインタ<br />
ビューを受けるのですが、その力士らしい武骨な受け答えは、いかにもと<br />
いう感じです。<br />
<br />
１７４センチ・１０９キロの体で関脇を張ったその相撲振りは、全盛期の<br />
朝青龍にそっくりでした。<br />
<br />
現役時代の相撲を収めたＤＶＤの中で、鷲羽山が自分の相撲を振り返って<br />
いる場面があります。<br />
<br />
そのときの自身を語る言葉が以下のものでした。<br />
「押しでもいけるし、肩透かしは出来る、上手投げは出来る、打っ棄りも<br />
　ある、差せば吊りもある、色んな技が出来る相撲になったね」<br />
<br />
自信満々の言葉が、気負うことなく出ていました。そして、<br />
「毎日の稽古の積み重ねだな」と続けています。<br />
<br />
朝青龍にそっくりと書きましたが、土俵際の強さ、勝負への執念、鬼気迫る<br />
闘志は朝青龍を上回るものがありました。昭和４８年から昭和５０年代の土俵<br />
を盛り上げた代表的存在です。<br />
<br />
何故その小さな体で関脇を張れたのか？、鷲羽山はこう答えています。<br />
「立合いの突っ込みだねえ。小さいけれど、けたぐりとか、そんな変化を<br />
　しなかったから良かった・・・」<br />
<br />
鷲羽山のＤＶＤを見ていて、特に驚くところがあります。それは立合い<br />
での鷲羽山と対戦力士の間の空間が、物凄く広いことです。<br />
<br />
"物凄く広い" では伝わらないほど。強いて言えば、今の大相撲とは別の<br />
格闘技かと思ってしまうほどなのでした。]]></content></entry><entry><title>来場所こそ、昨年秋場所の豪栄道旋風を再び</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=756968" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=756968</id><issued>2008-08-04T18:44:16+09:00</issued><modified>2008-08-04T09:49:06Z</modified><created>2008-08-04T09:44:16Z</created><summary>大相撲名古屋場所を振り返り、前回の稀勢の里に続いて豪栄道に触れたい
と思います。

豪栄道については、その立合いの圧力の不足に関して何度か言及しました。

豪栄道がよく見せていたのは、前ミツをさぐる立合いでしたが、例えば
アメフトなどでぶつかり合うとき...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>豪栄道の特集記事</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[大相撲名古屋場所を振り返り、前回の稀勢の里に続いて豪栄道に触れたい<br />
と思います。<br />
<br />
豪栄道については、その立合いの圧力の不足に関して何度か言及しました。<br />
<br />
豪栄道がよく見せていたのは、前ミツをさぐる立合いでしたが、例えば<br />
アメフトなどでぶつかり合うとき、両手を下げてぶつかれば、威力は半減<br />
するでしょう。<br />
<br />
もちろん、そういう立合いをしていた名力士はいました。代表的には<br />
小兵横綱栃ノ海、立合いに両手で前ミツを取りにいきましたが、その破格<br />
のスピードで得意の体勢となっていました。<br />
<br />
大鵬・柏戸という大型力士に、完全に先手を取って食い下がる、圧倒的な<br />
速さ、この栃ノ海にあったスピードは豪栄道とはタイプが違うものです。<br />
<br />
しかし豪栄道も名古屋場所の中盤以降では、右肩から強く当たる立合いを<br />
何度か見せていました。壁を乗り越える可能性は感じます。<br />
<br />
豪栄道を何故、何度も取り上げるのか。それは豪栄道の体のバランスが<br />
力士として非常に恵まれていると思えるからです。<br />
<br />
身長・体重は、ほぼ貴乃花・朝青龍と同じです。この３人の中で、誰が<br />
最も恵まれていなかったかと問われれば、貴乃花と答えるでしょう。<br />
<br />
身長・体重が同じぐらいでも、貴乃花が最も足が長かったと思います。<br />
普天王を見ても分かるように、足の長さは実力を大きく左右します。<br />
<br />
その不利な部分を、貴乃花は言葉では現わせないほどの努力で補った<br />
のです。<br />
<br />
その恵まれたバランスの体で、入幕当時の豪栄道は素晴らしい四つ相撲<br />
を展開しました。私は昨年末に、平成１９年のベストバウトに秋場所の豪栄道<br />
ー旭天鵬を上げました。<br />
<br />
凄まじい引き付け合い、そして土俵際での踏ん張り。これぞ大相撲でした。<br />
あの展開が出来る力士は、今の土俵には少なくなりました。<br />
<br />
以前聞かれた、腰の不調はどうなのでしょうか？<br />
気になるのは、下半身の、特に尻の筋肉にメリハリが見られないことです。<br />
<br />
来場所は、１年前に旋風を巻き起こした秋場所です。あのときの歯切れの<br />
良い相撲を、ぜひ復活させてほしいところです。]]></content></entry><entry><title>稀勢の里の相撲は、横浜の工藤投手のように。</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=755394" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=755394</id><issued>2008-08-02T16:33:55+09:00</issued><modified>2008-08-02T07:34:49Z</modified><created>2008-08-02T07:33:55Z</created><summary>大相撲名古屋場所で期待外れに終わった力士といえば、残念ながら
稀勢の里の四股名を上げなければなりません。

このブログは昭和４０〜５０年代の大相撲を中心に書いていますが、
その他の記事は、稀勢の里と豪栄道がかなりの割合を占めています。
というわけで個人...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>稀勢の里の特集記事</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[大相撲名古屋場所で期待外れに終わった力士といえば、残念ながら<br />
稀勢の里の四股名を上げなければなりません。<br />
<br />
このブログは昭和４０〜５０年代の大相撲を中心に書いていますが、<br />
その他の記事は、稀勢の里と豪栄道がかなりの割合を占めています。<br />
というわけで個人的にはテンションの下がった名古屋場所でした。<br />
<br />
今場所の稀勢の里は "力が入った"相撲が多かったと思います。<br />
大相撲用語？で "力が入った" は "疲れて力が出せなくなった" との<br />
意味もありますが、その両方の意味で "力が入った" と感じます。<br />
<br />
まずは肩の力です。上半身に力が入ると当然重心は高くなります。<br />
下半身に重心が掛る＆肩の力が抜けている、は必要充分条件として相互に<br />
作用しています。<br />
<br />
白鵬戦・魁皇戦は見ていて分かりやすかったのですが、どちらも敗因は<br />
腰高です。一流の横綱・大関を相手だと顕著に分かりましたが、他の相撲<br />
も根本的には腰高で負けています。<br />
<br />
ちょっと違うスポーツですが横浜のベテラン、工藤投手のピッチング<br />
フォームを例にすると、体の軸をしっかりさせて回転し、指先や足先は<br />
リラックスし神経が行き届いているように見えます。<br />
<br />
筋肉というよりも、体幹を中心に鍛えているといわれる工藤投手ならでは<br />
のピッチングフォームだと思います。<br />
<br />
稀勢の里は肩もですが、手足にも力が入って、体の芯がお留守になって<br />
いたとも感じられました。<br />
<br />
さらに、今場所は上手の取り方(浅いところを、腰の位置から)にも注目<br />
していたのですが、終わってみれば上手うんぬんよりも左の差し手からの<br />
攻めが足りなかった方が目立ってしまいました。<br />
<br />
期待していただけに、ちょっと悪いことばかり書き過ぎましたね。ちょうど今が、<br />
増やした体重への対応が巧くいっていない時期かもしれません。<br />
<br />
稽古を重ね、１７０キロの体を前傾姿勢で保つ下半身を完成させ、今場所の<br />
白鵬戦・魁皇戦のお返しをしてくれるものと期待しています。]]></content></entry><entry><title>大相撲名古屋場所、新入幕将司が活躍</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sumomania.com/?eid=754703" /><id>http://blog.sumomania.com/?eid=754703</id><issued>2008-08-01T18:09:32+09:00</issued><modified>2008-08-01T09:09:32Z</modified><created>2008-08-01T09:09:32Z</created><summary>大相撲名古屋場所、平幕で敢闘賞の豊響、把瑠都ともう一人、ふた桁勝利を
上げたのが新入幕の将司でした。

将司を最初に知ったのは、相撲誌の幕下有望力士紹介の記事でした。
稽古場ではこれといった強さを見せないが、本場所の土俵では意外な強さを
発揮する力士と...</summary><author><name>Taihei</name></author><dc:subject>期待の若手力士</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[大相撲名古屋場所、平幕で敢闘賞の豊響、把瑠都ともう一人、ふた桁勝利を<br />
上げたのが新入幕の将司でした。<br />
<br />
将司を最初に知ったのは、相撲誌の幕下有望力士紹介の記事でした。<br />
稽古場ではこれといった強さを見せないが、本場所の土俵では意外な強さを<br />
発揮する力士というものでした。<br />
<br />
それも土俵際の逆転や、意表をついた技を繰り出す異能力士という紹介で、<br />
その土俵態度や稽古場での表情など、異彩を放つタイプと感じられました。<br />
<br />
写真で見る将司の顔・身長体重・記事の内容から、昭和の大相撲ファンは<br />
一人の力士の四股名を思い出したのではないでしょうか。栃赤城です。<br />
<br />
大相撲史上最驚のサーカス相撲、そして唯一の大関挑戦場所の場所前に<br />
「絶対に負け越す」と人を食ったことを言って、本当に負け越した栃赤城。<br />
<br />
その異彩振りを受け継ぐ雰囲気を持った将司、アマ出身力士が多い中、<br />
ちょっとヤンキーっぽい風貌も個性的だ、と思っていたら高校相撲出身と<br />
いうことで、これも意外です。<br />
<br />
その相撲振りから十両時代はケガを心配していたら、やはりヒザを傷め<br />
厳しい場所が続き、そこを乗り越えての入幕でした。<br />
<br />
改めて言うまでもなく、今場所の将司は正攻法に磨きが掛っていました。<br />
８日目から６連勝と、満員の館内に慣れたあたりから好調、１０勝は見事<br />
です。<br />
<br />
ただ正攻法といっても、その勝負どころでの攻勢はかなり思い切りが良く、<br />
北の富士さんの言葉を借りれば「景気の良い相撲」。<br />
<br />
里山や保志光など個性派力士の幕内定着や入幕は、なかなか厳しい状況<br />
です。将司が番付を上げて、どんな相撲を見せるのか？上位陣に泡を食わ<br />
せる相撲を見てみたいですね。]]></content></entry></feed>